鬼滅の刃のまりの鬼(朱紗丸)はなぜ死んだ?名前や珠世の正体も解説

鬼滅の刃のまりの鬼・朱紗丸をイメージした赤い手毬が夜の和室に置かれている画像

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『鬼滅の刃』のアニメを見ていて、「まりを使う鬼って名前は何?」「どうして急に苦しみ出して死んだの?」と気になった方も多いのではないでしょうか。

炭治郎たちと戦った、手毬を使う女の鬼。

あの鬼の名前は、朱紗丸(すさまる)です。

朱紗丸はかなり強そうに見えましたが、最後は突然苦しみ出して命を落としてしまいます。

初めて見ると、「え、今なにが起きたの?」と少し置いていかれる場面ですよね。

「あのシーン、もう一度見返したい」と感じた方も多いと思います。

何度見ても、朱紗丸の最期はただ怖いだけではなく、胸が少しぎゅっとなるシーンです。

敵として登場した鬼なのに、最後に少しだけ寂しさが残るんですよね。

この記事では、まりの鬼・朱紗丸がなぜ死んだのか、珠世さんの血鬼術や正体、朱紗丸と矢琶羽が本当に十二鬼月だったのかまで、アニメを見た人が疑問に思いやすい順番で解説します。

この記事でわかること

・まりの鬼の名前が朱紗丸(すさまる)であること
・朱紗丸がなぜ急に苦しみ出して死んだのか
・珠世さんの血鬼術が朱紗丸の死にどう関係していたのか
・珠世さんが鬼なのに炭治郎を助けた理由
・朱紗丸と矢琶羽が本物の十二鬼月だったのか
・第10話「ずっと一緒にいる」に込められた意味
・まりの鬼の回を見返すと分かりやすいポイント

目次

鬼滅の刃のまりの鬼(朱紗丸)はなぜ死んだ?

朱紗丸が死んだ理由は、鬼舞辻無惨の名前を口にしたことで、鬼にかけられた呪いが発動したからです。

ただし、決して朱紗丸が自分から進んで無惨の名前を言ったわけではありません。

そこには、珠世さんの血鬼術が大きく関係していたのです。

無惨の名前を口にしてしまった

朱紗丸は、炭治郎や禰豆子たちと戦っている途中で、鬼舞辻無惨の名前を口にしてしまいます。

それまでは強気で、手毬を使って激しく攻撃をしていましたよね。

鞠は禰豆子の足を吹き飛ばすほどの威力もあり、かなり恐ろしい鬼として描かれていました。

でも、珠世さんの血鬼術によって心がゆるみ、普段なら決して口にしないことまで、つい話してしまう状態になってしまいます。

その中で、朱紗丸は本来なら絶対に口にしてはいけない無惨の名前を言ってしまったのです。

鬼にとって無惨は、ただの上司のような存在ではありません。

自分の命そのものを握られている、とても恐ろしい存在です。

だからこそ、名前を口にした瞬間から、朱紗丸の様子が一気に変わってしまったのでしょう。

鬼にかけられた呪いが発動した

朱紗丸が苦しみ出したのは、無惨の名前を言ったことで、鬼にかけられた呪いが発動したためです。

無惨は、自分の情報を鬼たちが簡単に話せないようにしています。

そのため、鬼が無惨の名前や秘密につながることを口にすると、体の中から罰を受けるように命を奪われてしまうのです。

体の内側から太い手が出てきて、押しつぶされるような描写になっていて、「逆らったらこうなる」という見せしめにも感じられたシーンでした。

急に苦しみ始めた朱紗丸。

さっきまであれほど勢いよく戦っていたのに、一瞬で恐怖に包まれるような場面になります。

ここで分かるのは、朱紗丸が弱かったということではありません。

本当に怖いのは、朱紗丸ではなく、鬼たちを支配している無惨のほうだということです。

朱紗丸の死は、無惨が鬼に対してどれほど強い支配力を持っているのかを見せる場面でもありましたね。

鬼舞辻無惨の名前を言ってはいけない理由については、こちらの記事でも詳しく解説しています。

鬼舞辻無惨の名前を言ってはいけない理由とは?沼の鬼の恐怖と浅草の家族を考察

珠世の血鬼術で本音を引き出された

朱紗丸が無惨の名前を口にした背景には、珠世さんの血鬼術がありました。

珠世さんの血鬼術は、相手の感覚や言葉に働きかけるような術です。

血鬼術(けっきじゅつ)とは、鬼だけが使える不思議な術のこと。

鬼によって能力は違い、朱紗丸は手毬を使った攻撃、矢琶羽は見えない矢印を操る力を使っていました。

朱紗丸は珠世さんの血鬼術の影響を受けて、普段なら隠していることを話してしまったのです。

そこで無惨の名前を口にしてしまい、結果として呪いが発動しました。

つまり朱紗丸の死は、珠世さんが直接手を下したというより、珠世さんの術によって無惨の呪いが引き出された形です。

初見だと「珠世さんにやられたのかな?」と感じた人もいるかもしれません。

でも実際には、無惨の支配のほうが大きな原因になっています。

ここが少し分かりにくいところですよね。

朱紗丸は炭治郎に斬られて死んだわけではありません。

無惨の名前を言ってしまったことで、無惨に仕込まれた呪いによって自ら命を落としてしまったのです。

最期の「まり…」が切ない理由

朱紗丸の最期は、ただ怖いだけのシーンではありません。

命を落とす直前、朱紗丸は手毬を探すような様子を見せます。

さっきまで残酷に戦っていた鬼なのに、その姿はどこか幼く、寂しそうにも見えるシーンです。

朱紗丸にとって、手毬はただの武器ではなかったのかもしれません。

鬼になってからも手放せなかった、大事な遊び道具。

もしかすると、子どものころの大切な記憶とつながっているものだったのかな、とも感じられますね。

自分を強く見せるためのものでもあり、でも、同時に心のよりどころのようなものでもあったのかもしれません。

そして炭治郎は、そんな朱紗丸のそばに手毬を置いてあげます。

敵だった鬼に対しても、最期の寂しさをそのまま見過ごさない。

とても炭治郎らしさが出ている印象的なシーンでしたね。

第10話のサブタイトルは「ずっと一緒にいる」

この意味はあとで詳しく触れますが、朱紗丸の最期を見たあとだと、少し違った響きに感じられます。

朱紗丸はとても恐ろしい鬼でした。

でも最後に残るのは、無惨に利用された鬼の孤独と、炭治郎の優しさなのだと思います。

まりの鬼の名前は朱紗丸!読み方や声優も紹介

ここまで、まりの鬼・朱紗丸がなぜ死んだのかを解説してきました。

ここからは、朱紗丸というキャラそのものに少しフォーカスしていきます。

「まりの鬼って結局どんなキャラだったの?」という疑問に、順番にお答えしていきます。

アニメを見ていると、「あのまりの鬼、名前なんだっけ?」「漢字が難しくて読めない…」と思う方もいるかもしれません。

正式な名前は、朱紗丸です。

ぱっと見ただけだと読み方が分かりにくい名前ですが、手毬を使って戦う姿がかなり印象に残る鬼でした。

①読み方はすさまる

まりの鬼の正式な名前は、朱紗丸です。読み方は「すさまる」と読みます。

漢字だけ見ると、少し読みにくいですよね。

「朱」は赤い色を思わせる漢字で、「紗」も日常ではあまり使わない字なので、初見だとすぐには読めない方も多いかもしれません。

アニメ本編でも、朱紗丸という名前が何度も分かりやすく呼ばれてはいませんでした。

そのため、見終わったあとに「あのまりの鬼、名前なんだっけ?」と検索した人は多いかもしれません。

実際、朱紗丸のことを「まりの鬼」「鞠の鬼」「手毬の鬼」「マリの鬼」と覚えている方も多いのではないでしょうか。

私も初めて見たときは、正直「朱紗丸」という名前より先に、「あのまりの鬼」と覚えていました。

それくらい、名前よりも手毬を使う姿のインパクトが強いキャラなんですよね。

②手毬を使う鬼

朱紗丸は、手毬を使って戦う鬼です。

手毬というと、普通は昔ながらの遊び道具のような、かわいらしい印象がありますよね。

でも朱紗丸が使う手毬は、まったくかわいらしいものではありません。

何個もの手毬を一度に投げたり、壁や地面を跳ね返るように動かしたりして、炭治郎たちを追い詰めていきます。

まっすぐ飛んでくるだけではないので、見ている側も「どこから来るの?」と少し怖くなる攻撃でした。

しかも、手毬の威力はかなり強いです。

見た目は子どもっぽく、遊んでいるようにも見えるのに、攻撃はとても残酷で容赦がありません。

このギャップが、朱紗丸の怖さでもあります。

無邪気に遊んでいるような雰囲気なのに、実際には残酷に相手を傷つけることを楽しんでいるようにも見えるんですよね。

だからこそ朱紗丸は、ただの「強い鬼」ではなく、見た目と攻撃の差が印象に残るキャラだと思います。

前の見出しでも触れたように、最期の姿まで見ると、手毬は朱紗丸にとって戦うための道具であると同時に、大事な遊び道具でもあったのかもしれません。

③声優は小松未可子さん

朱紗丸の声優を担当しているのは、小松未可子さんです。

朱紗丸は、あどけなさと残酷さが同時にあるキャラで、子どもっぽくはしゃいでいるように見えるのに、攻撃はとても激しく、相手を傷つけることにためらいがありません。

その無邪気さと狂気が混ざったような雰囲気を、小松未可子さんの声がとても印象的に表現していると感じます。

朱紗丸は、ただ低く怖い声の鬼ではありません。

むしろ、どこか明るくて、楽しそうにしているからこそ怖いんですよね。

このキャラだからこそ、子どもらしい響きと不気味さが混ざった声がよく合うのでしょう。

私も、あの高めで遊びに誘うような声が、シーンの怖さを余計に際立たせていると感じました。

朱紗丸は登場時間こそ長くはありませんが、それでも、短い出番の中で、見た目、戦い方、声の印象を強く残す鬼です。

だからこそ、「まりの鬼って誰だったっけ?」と、放送後に気になってしまうキャラなのだと思います。

珠世さんは何者?鬼なのに炭治郎を助ける理由

朱紗丸がなぜ死んだのかを知ると、次に気になるのが「珠世さんって何者なの?」「鬼なのにどうして炭治郎を助けるの?」という部分ですよね。

朱紗丸の死には、珠世さんの血鬼術が関係していました。

でも珠世さん自身も、実は鬼です。

鬼なのに炭治郎を助けてくれる。

鬼なのに無惨のことを憎んでいる。

ここが、初めて見ると少し不思議に感じた人も多いかもしれません。

「鬼=みんな無惨の味方」というわけではないんですよね。

ここからは、珠世さんがどんな立場の鬼なのかを、アニメ第10話前後で分かる範囲で整理していきます。

①無惨と敵対する鬼

珠世さんは鬼ですが、鬼舞辻無惨に従っている鬼ではありません。

元は無惨によって鬼にされた存在ですが、今は無惨と敵対する立場にいます。

つまり、朱紗丸や矢琶羽のように無惨の命令で動いている鬼とは、まったく違う立ち位置なんですね。

鬼の多くは、無惨の支配を強く受けています。

無惨の名前を口にした朱紗丸が命を落としたように、鬼たちは簡単には無惨に逆らえません。

ですが、珠世さんは、無惨の支配から自力で抜け出し、自分の意志で行動している特別な鬼です。

同じ鬼でも、無惨に従う鬼がいる。

そして、無惨を倒そうとしている鬼もいる。

この違いが分かると、珠世さんの存在がかなり重要に見えてきますね。

私も初めて見たとき、鬼なのにここまで強い意志を持っている珠世さんが、すごく印象に残りました。

静かで落ち着いているのに、内側には無惨への強い怒りがある。

そのギャップが、珠世さんの魅力だと思います。

②鬼を研究している

珠世さんは、ただ無惨を憎んでいるだけの鬼ではありません。

医者としての顔も持っていて、鬼を人間に戻す方法を研究しています。

ここが、珠世さんというキャラの大きなポイントです。

鬼になってしまった人を、そのまま倒すだけではなく、人間に戻す道を探しているんですね。

炭治郎にとっても、これはとても大きな意味があります。

なぜなら、禰豆子も鬼になってしまっているからです。

炭治郎は、禰豆子を人間に戻す方法をずっと探しています。

珠世さんもまた、鬼を人間に戻す可能性を探している。

だからこそ、炭治郎と珠世さんの出会いは、ただの偶然ではなく、物語の中でもとても大事な意味を持っているのだと思います。

また、珠世さんは炭治郎と禰豆子の存在にも注目しています。

特に禰豆子は、普通の鬼とは少し違う行動を見せていますよね。

鬼なのに人を襲わず、炭治郎と一緒に行動している。理性もある。

その姿は、珠世さんにとっても大切な手がかりになるのだと思います。

珠世さんは、ただ優しいだけのキャラではありません。目的を持って動いている人です。

鬼になってしまった人たちを救いたい。

無惨によって人生を壊された人たちを、少しでも元に戻したい。

そんな想いがあるからこそ、珠世さんは炭治郎を助けてくれたのだと思います。

私もこの部分を見ると、珠世さんは鬼でありながら、誰よりも人間らしい願いを持っているキャラだなと感じます。

そして、そのそばには、珠世さんを支える愈史郎という鬼もいます。

③愈史郎と行動する

珠世さんのそばには、愈史郎という少年がいます。

愈史郎も鬼ですが、無惨に従っている鬼ではありません。

珠世さんによって鬼になった存在です。

そして、愈史郎は珠世さんのことをとても大事に思っています。

愈史郎は、少し口が悪かったり、炭治郎にきつい言い方をしたりする場面もありますよね。

でもそれは、珠世さんを守りたい一心から。

朱紗丸たちとの戦いでも、愈史郎は珠世さんを必死に守ろうとしていました。

炭治郎たちと関わったことで珠世さんが危険な目に遭ってしまったことに対して怒っているシーンもありましたね。

炭治郎に対して厳しい態度を取るのも、簡単に信用していないからなのかもしれません。

初めて見ると、「この子、ちょっと感じが悪いな」と思った人もいるかもしれません。

でも、珠世さんへの忠誠心や大切に思う気持ちが見えてくると、少し印象が変わってきます。

珠世さんと愈史郎は、鬼でありながら炭治郎たちの敵ではありません。

むしろ、無惨に立ち向かうための大事な味方側の存在です。

この2人は、今後の物語でも鬼側の大事な味方として描かれていきます。

10話時点では、「鬼の中にも無惨に従わない存在がいる」と分かれば十分だと思います。

朱紗丸の死をきっかけに、鬼にもいろいろな立場や感情があると分かる。

そこが、第10話のおもしろさであり、少し切ないところでもあります。

朱紗丸と矢琶羽は十二鬼月だったの?

アニメを見ていると、「まりの鬼と矢印の鬼って、十二鬼月なの?」「あの強さなら本物なのかな?」と気になりますよね。

朱紗丸と矢琶羽は、自分たちのことを十二鬼月だと名乗っていました。

ただ、結論から言うと、2人は本物の十二鬼月ではありません。

あくまで「自分たちで名乗っていた」だけで、公式な十二鬼月ではない立場の鬼です。

強そうに見えたので少し意外ですが、珠世さんは2人が本物ではないことを見抜いていました。

ここでは、アニメ10話前後で分かる範囲と、公式で語られている情報をもとに、朱紗丸と矢琶羽の立場を整理していきます。

①2人は十二鬼月を名乗っていた

朱紗丸と矢琶羽は、炭治郎たちの前に現れたとき、自分たちを十二鬼月だと名乗っていました。

十二鬼月とは、鬼舞辻無惨の直属にあたる強い鬼たちのことです。

ざっくり言うと、無惨に選ばれた精鋭の鬼たちですね。

鬼の中でも特に強い存在なので、「十二鬼月」と聞くだけでかなり危険な相手だと分かります。

実際、朱紗丸は手毬を使って、ものすごい威力の攻撃をしてきます。

矢琶羽も、見えない矢印のような力で、炭治郎の動きを操るように攻撃していました。

あの戦い方を見ると、「これは本当に十二鬼月なのかも」と思ってしまいますよね。

私も初めて見たときは、2人ともかなり強そうに見えたので、炭治郎は大丈夫なのかなとハラハラしました。

特に、朱紗丸の手毬と矢琶羽の血鬼術が合わさると、かなり厄介な相手に見えます。

だからこそ、2人が十二鬼月を名乗ったときに、信じてしまった視聴者も多いのではと思いました。

②実際には十二鬼月ではなかった

しかし、朱紗丸と矢琶羽は本物の十二鬼月ではありませんでした。

そのことを見抜いていたのが、珠世さんです。

珠世さんは、2人の力や状態を見て、本物の十二鬼月ではないと判断していました。

十二鬼月には、選ばれた鬼であることを示す印があります。

たとえば、目に数字や文字が刻まれていることが、ひとつの特徴ですね。

ただ、朱紗丸と矢琶羽には、本物の十二鬼月だと分かる決定的な証がありませんでした。

つまり、十二鬼月クラスの力は持っていない、下の位の鬼だった可能性が高いということです。

もちろん、2人が弱かったわけではありません。

朱紗丸の手毬も、矢琶羽の矢印のような血鬼術も、炭治郎たちをかなり追い詰めていました。

でも、本物の十二鬼月と比べると、格は一段下だったのだと思います。

ここが分かると、少しゾクッとしますよね。

あれだけ強そうに見えた朱紗丸と矢琶羽でさえ、本物の十二鬼月ではなかった。

そう考えると、この先にはもっと恐ろしく強い鬼が出てくるということ。

私もこの事実を知ったとき、「鬼滅の刃の世界、まだまだ怖いな…」と思いました。

③無惨に利用された鬼だった可能性が高い

朱紗丸と矢琶羽は、本物の十二鬼月ではありません。

それでも2人は、自分たちを十二鬼月だと思い込んでいるように見えました。

ここから考えると、2人は無惨に利用されていた可能性が高いです。

無惨にとって、朱紗丸と矢琶羽は炭治郎たちを探らせるための駒だったのかもしれません。

本物の十二鬼月を動かすまでもない相手に、まず2人を向かわせた。

そんな見方もできますね。

また、2人に十二鬼月を名乗らせることで、炭治郎たちに「無惨の近くにいる強い鬼が来た」と思わせる狙いもあったのかもしれません。

本物の十二鬼月を守るために、偽物をおとりのように使ったとも考えられます。

もちろん、朱紗丸と矢琶羽は炭治郎たちにとって敵です。

でも、2人自身も無惨にとっては、簡単に切り捨てられる存在だった可能性もあります。

朱紗丸が無惨の名前を口にして命を落としたことからも、それがよく分かりますよね。

どれだけ無惨に従っていても、不要になれば守ってもらえない。

むしろ、都合が悪くなれば一瞬で消されてしまう。

ここに、無惨の残酷さが出ていると思います。

朱紗丸たちは敵の鬼ではあります。けれど同時に、無惨に利用された存在でもあるのです。

だからこそ、朱紗丸の最期や第10話のサブタイトル「ずっと一緒にいる」が、ただのバトル回以上の意味を持って見えてくるのだと思います。

鬼滅の刃10話「ずっと一緒にいる」の意味

鬼滅の刃10話ずっと一緒にいるをイメージした夜の路地に置かれた赤い手毬

第10話のサブタイトルは、「ずっと一緒にいる」です。

この言葉だけを聞くと、最初は家族や仲間のことを思い浮かべやすいですよね。

炭治郎と禰豆子のように、どんな姿になっても離れない関係。

大切な人と一緒にいたい、という温かい意味にも感じられます。

でも第10話を見ていると、それだけではないようにも思えました。

炭治郎と禰豆子。朱紗丸と手毬。そして、無惨と鬼たち。

いくつかの「ずっと一緒にいる関係」が、重なって描かれているように感じるんです。

ここでは、朱紗丸の最期を中心に、第10話「ずっと一緒にいる」の意味を考えていきます。

朱紗丸の最期に込められた寂しさ

朱紗丸の最期は、とても印象に残る場面でした。

それまで手毬を使って、炭治郎たちを激しく攻撃していた朱紗丸。

強くて、残酷で、どこか無邪気さもある鬼。という印象もありました。

でも無惨の呪いが発動したあと、朱紗丸の様子は一変し、残酷な結末となってしまいます。

死の直前、さっきまでの強気な雰囲気は消えて、最後には手毬を探すように腕を伸ばします。

その姿が、私はすごく寂しく見えました。

朱紗丸にとって手毬は、戦うための道具でありながら、ずっと一緒にいた遊び道具。

そして、心のよりどころのような存在だったのかもしれません。

無惨の命令で人を傷つける鬼でありながら、最後の最後に求めたものが手毬だった。

そこに、朱紗丸の幼さや孤独がにじんでいるように見えました。

この最期の姿を見ると、「この子にも手放せなかったものがあったんだな」と感じてしまいますね。

炭治郎がまりをそばに置いた優しさ

朱紗丸の最期で、もうひとつ印象的なのが炭治郎の行動です。

炭治郎は、朱紗丸のそばに手毬をそっと置いてあげます。

敵として戦った相手であり、炭治郎や禰豆子を傷つけた鬼でもあります。

それでも炭治郎は、朱紗丸が最後に求めていたものを、そばに置いてあげるんですよね。

この行動が、とても炭治郎らしいと思いました。

朱紗丸にとっての手毬は、ずっと一緒にいたもの。

それを最後に返してあげるような温かい優しさを感じさせるシーンでした。

炭治郎は、鬼をただの化け物として見ていません。

その鬼にも悲しみや寂しさがあることを、ちゃんと感じ取っている。

そこが炭治郎のすごいところですよね。

禰豆子を大切に思う気持ち。

これまで出会ってきた人たちへの想い。

そうした優しさが、朱紗丸への行動にもつながっているように見えました。

短い場面ですが、炭治郎の人柄がよく出ているシーンですね。

敵だった鬼にも悲しみがあると分かる回

第10話は、炭治郎たちと朱紗丸・矢琶羽の戦いが描かれる回です。

でも、ただのバトル回ではありません。

朱紗丸の最期を見ると、鬼にも過去や執着があるのだと分かりますし、怖い敵として登場した鬼にも、手放せなかったものがあるのが分かる。

そう感じられるところが、とても『鬼滅の刃』らしい部分だと思います。

鬼になってしまった存在の切なさは、手鬼の過去にも重なる部分があります。

敵として倒された鬼にも、もともとは人としての時間があったのだと思うと、鬼滅の刃の怖さと切なさがより深く感じられますね。

鬼滅の刃 手鬼の過去がせつない|なぜ鬼になった?鱗滝が47年間黙っていた理由

「ずっと一緒にいる」というサブタイトルも、いろいろな意味に見えてきます。

炭治郎と禰豆子のように、家族として離れない関係。

朱紗丸と手毬のように、最後までそばにあってほしかったもの。

そして、鬼たちが無惨から逃れられない関係。

温かい意味だけではなく、少し苦しい意味も含まれているように感じます。

朱紗丸は敵の鬼でした。

でも、無惨に利用され、最後は呪いによって命を落としました。

そう考えると、朱紗丸の最期はただの敗北ではありません。

目の前にはいない見えない無惨の怖さと、鬼になってしまった存在の悲しさが見える場面でもあります。

だからこそ、第10話は怖いだけじゃなく、見終わったあとに少し胸が痛くなる回だと感じました。

何度か見返すたびに、朱紗丸や炭治郎の気持ちの受け取り方も、少しずつ変わってくるかもしれません。

まりの鬼の回をDMM TVで見返す理由

第10話は、一度見ただけだと少し分かりにくい部分があります。

朱紗丸がなぜ急に苦しみ出したのか。

珠世さんの血鬼術が、どのタイミングで効いていたのか。

無惨の呪いがどれほど怖いものなのか。

一度目の視聴では雰囲気で流れてしまったところも、意識して見返すと「こういう意味だったんだ」と深く分かる回だと思います。

文章で整理すると理解しやすくなりますが、やっぱりアニメの映像で見返すと印象が変わる場面ですよね。

朱紗丸の表情、珠世さんの声の落ち着き、愈史郎の反応。

そうした細かい部分まで見ると、第10話の怖さと切なさがより伝わってきます。

ここでは、まりの鬼・朱紗丸の回を見返すと分かりやすいポイントをまとめます。

朱紗丸の死因が分かりやすい

朱紗丸の死因は、無惨の名前を口にしたことで呪いが発動したためです。

ただ、初めて見ると、その流れが少し分かりにくいかもしれません。

戦いの勢いがある中で、朱紗丸が急に苦しみ出すので、「え、何が起きたの?」と感じやすいんですよね。

見返すときは、朱紗丸が無惨の名前を口にした直後の変化に注目してみてください。

表情や声の雰囲気が、一気に変わります。

さっきまで楽しそうに戦っていた朱紗丸が、急に恐怖に包まれていく。

その変化を見ると、無惨の呪いがどれほど強いものなのかが分かりやすくなります。

この記事を読んだあとで見返すと、「あ、本当にこのタイミングで呪いが発動したんだ」と気付きやすくなると思います。

ただ倒されたのではなく、無惨に命を奪われた。

そう分かってから見ると、朱紗丸の最期の印象も少し変わります。

珠世の血鬼術の意味が分かる

第10話を見返すと、珠世さんの血鬼術の意味も分かりやすくなります。

珠世さんの血鬼術は、朱紗丸のように手毬で攻撃するタイプではありません。

矢琶羽のように、力で相手を動かす術でもありません。

相手の感覚や言葉に影響を与える、少し特殊な術です。

だからこそ、初見では「珠世さんが何をしたの?」と分かりにくい部分があります。

見返すときは、朱紗丸が急に本音のようなことを話し始める流れに注目してみてください。

珠世さんの静かな表情。

落ち着いた声。

愈史郎の反応。

そのあたりを意識して見ると、珠世さんがただ戦っているだけではないことが分かります。

直接攻撃で倒すのではなく、無惨の呪いを引き出すような形で朱紗丸を追い詰めているんですね。

私は、珠世さんの静かな表情や声色を意識して見ると、彼女の覚悟や優しさがより伝わってくるように感じました。

派手な戦い方ではないのに、とても強い。

そこが珠世さんの魅力だと思います。

無惨の怖さをあらためて感じられる

第10話を見返すと、無惨の怖さもあらためて感じます。

無惨本人がずっと目の前にいるわけではありません。

それでも、朱紗丸や矢琶羽の扱われ方を見ると、無惨の支配がどれほど恐ろしいものかが伝わってきます。

名前を口にしただけで、命を奪われる。不要になれば、簡単に切り捨てられる。

鬼たちは強い存在に見えますが、その鬼たちでさえ無惨には逆らえません。

朱紗丸は炭治郎たちにとって敵でした。

でも、無惨に利用されていた存在でもあります。

そう思って見返すと、最初に見たときとは違う怖さがあります。

私も2回目に見ると、朱紗丸たちがどれだけ追い詰められていたかが分かって、最初とは違う怖さや切なさを感じました。

無惨は直接手を下さなくても、鬼たちの人生を縛っている。

その“見えない恐怖”が、第10話にはしっかり描かれていると思います。

第10話は、朱紗丸の死因や珠世さんの血鬼術を知ったあとで見返すと、かなり印象が変わる回です。

最初は「まりの鬼が倒された回」として見ていた場面も、意味を知ると、無惨の怖さや炭治郎の優しさまで見えてきます。

第10話をもう一度じっくり見たいときに便利なのが、DMM TVです。

DMM TVでは、『鬼滅の刃』竈門炭治郎 立志編が見放題対象作品として配信されています。

見放題作品を視聴するには、DMMプレミアムへの会員登録が必要です。

DMMプレミアムは月額550円(税込)で、DMM TVの見放題対象作品を視聴できます。

なお、App StoreやGoogle Play経由で登録する場合は、月額650円(税込)になります。

ただ、初回登録の場合は14日間の無料トライアルもあります。

「朱紗丸の回をもう一度見返したい」「立志編を最初から復習したい」という方は、ぜひチェックしてみてください。

文章で内容を整理したあとに、もう一度映像で見ると、朱紗丸の最期や珠世さんの血鬼術の見え方が少し変わると思います。

まとめ|まりの鬼・朱紗丸の最期は無惨の怖さと炭治郎の優しさが分かる回

この記事では、鬼滅の刃に登場する「まりの鬼」こと朱紗丸について、死因や名前、珠世さんとの関係、第10話「ずっと一緒にいる」の意味まで解説してきました。

朱紗丸が命を落とした理由は、炭治郎に倒されたからというより、鬼舞辻無惨の名前を口にしたことで呪いが発動したためです。

無惨に従っていたはずの鬼であっても、都合が悪くなれば一瞬で切り捨てられてしまう。そこに、無惨の本当の怖さが出ていました。

「まりの鬼って誰?」と気になった方にとっては、朱紗丸という名前や、手毬を使って戦う鬼だったことも整理できたのではないでしょうか。

手毬は朱紗丸にとって、ただの武器ではなく、ずっと一緒にいた大切なもののようにも感じられました。

また、珠世さんは鬼でありながら無惨と敵対し、鬼を人間に戻す方法を研究している特別な存在でした。

愈史郎と一緒に行動しながら、炭治郎たちの味方側に立っていることも、この回で分かってきます。

「鬼=全員が無惨の味方」ではないと分かるのも、第10話の大事なポイントですね。

そして、朱紗丸と矢琶羽は十二鬼月を名乗っていましたが、実際には本物ではありませんでした。

2人は強い鬼ではありましたが、無惨に利用された駒のような存在でもあったのだと思います。

そう考えると、敵として怖かった2人にも、少し違う見え方が出てきますよね。

第10話のサブタイトル「ずっと一緒にいる」は、炭治郎と禰豆子の家族としての絆だけではなく、朱紗丸と手毬、そして無惨と鬼たちの歪んだつながりにも重なって見えました。

温かい意味だけではなく、逃れられない関係や、手放せなかったものの寂しさも含まれているように感じます。

一度内容を整理してから見返すと、朱紗丸の最期や珠世さんの血鬼術、炭治郎の優しさの受け取り方が変わる回だと思います。

最初は怖さが残る回ですが、見返すほどに朱紗丸の切なさや、炭治郎のやさしさがじわっと残る。

第10話は、そんな「怖いだけでは終わらない」とても印象深い回だと感じました。

序盤に登場する鬼の声優や、印象に残る怖さが気になる方は、沼の鬼についてまとめた記事も参考になります。

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